高麗橋が移築されている西山ダムの河川公園。「寒漿濟我人」とは、どんなに寒いときでも、市民のために水を汲んであげましょう」という意味であり、明治37年に完成した旧西山ダムの堤体の銘板に刻まれていたものを、モニュメントとしてここに復元したものであるという。
明治に活躍した役人は、皆、清廉な人物が多い。今時のどこかの代議士や県知事は、ここに来て先人に学ぶと良い。