善納岩陰(湯野尾町)

 本野から二股で右折。湯野尾川に沿ってのぼる。旧石器時代からの生活遺構がみれる。夏でも涼しい良い場所だ。(02/16/2002)


(聖徳太子を祀った大師堂)

 板状の割り石で積み上げた階段を上る。開けたところにでると、大師堂があった、お堂でしばらく休息。湧き水を頂いて生き返る。

 振り返って見ると、施錠した扉がみえた。中には、聖徳太子が祀られているはず。

 石段に向かって、左側の一番上の老人に、話を聞いたところ、3月下旬には、お祭りが有るそうだ。詳しくは、前の総代の池田さんに聞いたら良いと、教えてくれた。小会祭り(ご命日)の事だろうか?
 お堂に向かって、左手に水が湧いている。水量も結構ありそうだ。除いてみると、この里の給水に現在でも、使っている様子がうかがえる。

 この場で水が汲めるようになっていたので、前従のように頂いた。

市指定の史跡案内の看板が出ていたので書き写す。

 人類が岩陰や洞穴で生活を営むようになったのは、遠く旧石器時代に始まり、県内の遺跡では福井、泉福寺洞穴などが有名です。これらは今のところ県北地域に多いのですが、諫早北高地区で発見されたのは、善納岩陰が初めてです。

 この岩陰遺跡は湯の尾川岸にあたりますが、標高は海抜260m位で、南東に面して岩の庇が出来ています。岩陰の奥行きは、約2.8m、間口は約15mで左側には、生活に必要な豊富な湧水もあります。

 出土遺物の代表的なものは押型縄文土器で縄文時代早期に人間の生活が営まれていたことを示しています。対岸の尾根には、同じ縄文時代の開地遺構(県指定川頭遺跡)があり、ここの岩陰遺跡と近接しています。

 これらは先史時代のあり方を知るための貴重な資料で有ります。

昭和52年3月30日 諫早市教育委員会