島原の乱戦没者追悼碑(天祐寺境内)

 諫早の古刹天祐寺の境内に、島原の乱の戦没者追悼碑が、ひっそりと建っている。(02/03/2002)

市指定文化財看板より書き写し

島原の乱戦没者追悼碑

昭和53年4月1日指定

 寛永14(1637)年、島原の乱がおこった際、諫早茂敬公(第三代領主)は、軍勢をひきいて、原城攻撃に参加しました。

 この碑は、乱が終わって三十二回忌を記念してつくられています。碑文は、「大星三十有三移、想見島原百戦時」で始まり、下のほうに戦没者の名が書かれています。 

 市内で、数少ない島原の乱の資料の一つです。

昭和63年8月10日 諫早市教育委員会

 

 追悼碑に向かって、右側の大岩の上に、子供の背丈ほどの地蔵尊が立っている。

 「背くらべ地蔵」と、呼び習わしています。年配の方の話では、戦前までは、子供たちが、この岩の上に、攀じ登って、お地蔵様と、背比べをしていたそうです。

 「登れた!!」と、はしゃいで背比べをする子。今年は自分の方が大きくなったと喜ぶ子。そんな子供たちの姿が見られたとの事です。

 このごろでは、危ない遊びと親がしかるので、登る子供など見たことがありません。

 なんだか、お地蔵様も寂しそうです。