| 青木弥惣右衛門と底井樋廻水事業 |
諫早の中心街から小野町に向かい、輪内(仲沖町)と小野平野の境に本明川の支流、半造川がある。この半造川には潮が上がってくるので農業用水に出来ない。川向こうの輪内には倉屋敷川からの灌漑用水が余っているというのに。「その水が欲しい」が干拓地の小野島の人々の願いであったと言う。(08/18/2007)
小野島の天満宮さんには、この事業を計画した青木弥惣右衛門の顕彰碑が建立されています。今から200年ほど前の文化年間に諌早藩士であった青木弥惣右衛門は、「その水が欲しい」という小野島の人々のために、逆サイホン式という当時の最新技術を採用し底井樋廻水事業の指揮にあたった。
底井樋というのは川底に松材で作った方形の樋に蓋をして補強したものを繋ぎ合わせて設置したものだが両端の水圧(水位)差で水を通す。理論は水槽の水をチューブでバケツに汲むことと同じだが隙間が空けば使い物にならないので樋の加工も大変だったろう樋を準備しては干潮時期を使っての工事は困難であったろうと当時が偲ばれる。
底井樋廻水事業は多くの農民が参加して文化10(1813)年の春、完成し、この年の田植えに間に合わされたという。
現在は半造川の防災工事で川幅が広げられたので当時のものは残ってないが長さを延長して現在も同じ方法で小野島の農業用水をまかなっている。

(諫早市広報資料から)
本明川の山下渕から取水し市街地を通り幸町、仲沖町の田井原地区を経由し半造川を渡って小野平野へと流れている小野用水は一昨年制定された疎水百選に長崎県で唯一選定された。
これを機会に高城回廊だけでなく半造川まで続く新倉屋敷川の整備が望まれるが可能な限り石垣などを残した形で生物や環境にも配慮した整備を期待したい。
*写真は二本有る小野用水のうち西側の田井原土地改良用水からの底井樋廻水の小野島側の写真。
05/17/2008更新